Easy to type

個人的な勉強の記録です。データ分析、可視化などをメイントピックとしています。

人生で初めて[海外に||一人で||猫と]暮らしている(現在進行系)

いい機会なので、滞在中の心境を研究留学 Advent Calendar 2017に似せたフォーマットで纏めておきます。

どうやって行ったか

8月11日、研究室の指導教員から「ベルギーにいる僕の友人が、短期滞在で研究員を探しているんですけど、興味ありますか?」と言われた。

自分が所属しているコースでは、課程を卒業するために日本国外で3ヶ月以上の研究留学、あるいはインターンシップに参加することが求められている。一方でこのコースに入っていると、特定の条件下で生活費が支給される。自分は元々留学には興味がなかったが、そちらの生活費が目当てで加入した。

ただ、その後別途生活費は確保することが出来たので、必ずしも海外に留学する必要は無くなった。何故ならこのコースは脱退罰則が定義されていない。所属することの恩恵は月々の収入や外部試験と出張の補助であるが、学振DC1を取っている場合これらの補助は殆ど自身で賄うことが出来る。なので留学が面倒ならば、課程自体を辞めてしまえばよい。

しかし海外で生活するということは自分にとっては全くの新体験。将来的に仕事でこういう機会は訪れるかもしれないが、Webを見ていると若いうちに海外での生活を経験しておくことは多くの収穫があると述べる文章は多い。

globalbiz.hatenablog.com

一方で、留学をすることで学位取得が遅れる可能性はある。しかしそのリスクを踏まえた上でも、長期的に見れば意味があるのかもしれないと考えて行くことを決めた。留学するならば、コースから補助が出るわけだし、経済的に損はない。そういうわけで、渡航費用*1と滞在費*2については負担が無い。ただしその他の生活費については自腹だった。

どこに行ったか (組織など)

ベルギーのKU Leuvenあるいは、VIBへ行った。滞在先のボスの正式な所属はVIB-KU Leuven Centerであり、自身のIDカードもKU Leuvenから発行されている。研究室もベルギー北部のLeuven市に存在する。しかし実質的な研究室ポジションはVIB寄りである。

VIB

VIB(Vlaams Instituut voor Biotechnologie)については邦語では殆ど情報がない。なお日本語の資料だと、東工大の調査レポートが分かりやすい。

VIBについて語るためには、まずベルギーについて語る必要がある。この国はチョコレート、小便小僧、国連本部というイメージで語られることが多い*3。実際にはヨーロッパ中でのポジショニングとしては複雑な国である。

九州程度の国土なのだが、その中でオランダ語圏、フランス語圏、そして少々のドイツ語圏が存在する。オランダ、イギリス、フランス、ドイツに囲まれるベルギーは古くからヨーロッパの交易の要所として栄えた。元々はオランダ語が優勢な国であったのだが、ナポレオンの統治の際にフランス語が公用語として使われた結果、国内のフランス語圏勢力が拡大する*4。一方で庶民の生活を描くことに重きをおいたロマン主義運動や、ポストナポレオンのパワーバランスの為に非フランスとしてのオランダが重視された結果オランダ語圏も力を持った。この結果としてフランス語圏とオランダ語圏が入り混じって存在するベルギーが生まれたのだとか。詳細は以下の新書を参考にして欲しい。

以上の経緯のために、国内では2つの勢力が独自に存在する。VIBはそのうち、オランダ語圏のフランデレン政府によって作られた生物学系の研究所だ。 面白いのは、VIBそのものは研究所を保たないことである。フランデレン地方の大学と提携・資本協力することでそれぞれの大学に講座を構えている。この機関のもう一つの特徴は、産業創出を重視している点である。財源の少なくない割合を技術移転にあてており、実際に幾つかのベンチャー企業も誕生しているんだとか。VIBの年額の予算は2017年から5年かけて増額され5900万ユーロ程度(=80億円)まで引き上げられるらしい。これは大学の額と直接比較すると多くはない*5。注意するべきなのは、VIBはあくまで生命科学の研究所だと言う点だ。ここで比較するべきは全体額ではなくLife scienceの分野との比較であり、それだとMITでも1.29億ドル(=140億円)、大学平均だと68億円だ。しかもVIBの研究室は所属大学からの恩恵も受けられる。予算額としては中々良い研究機関である。

なぜそこへ行ったか

1番大きな理由はボスがその研究室のボスの元同僚だったからだ。知己があると行きやすい。ラッキー。

しかしもう1つ、滞在先のパフォーマンスに興味を持った。滞在先のボスは2017年度は30報の著者論文を書いた。この内インパクトファクターが10を上回る雑誌から出版されたものが12報あり、その内Natureへ3報、それとは別にNature系列へ3報出ている。個人的な感想を言えばモンスターだった。すごい。そのような環境で研究をすることで、パフォーマンスの秘密を知りたかった。

いつ行ったか

短期の滞在で、2017/12/01 ~ 2018/02/28まで滞在する予定で。ちょうど今日が折り返し地点というわけです。より具体的なスパンとしては、

  • 6月: 滞在先のボスが来日し、カンファレンスで発表する。
  • 8月: 声がかかる
  • 9~10月: 日程調整
  • 10月下旬: 日程決定
  • 12月: 出発

といった流れだった。

このような日程になったのは3つの思惑が複雑に絡み合った結果と言えよう。

 1つ目は、自身の考えである。自分は滞在によって得られる経験値と、自身の研究が遅れるトレードオフを踏まえると、単位として最低限必要な3ヶ月がベストであった。 特に後者の要因が非常に大きい。自分の所属している大学院の課程では、学位を取るために指導教員が著者に入っている(あるいは単著の)筆頭著者の査読付き論文と指導教員の合意が必要である*6。自分の場合だと、「指導教員が著者に入った」という点が重要である。この結果として、留学先に長期滞在して論文を発表したとしても、卒業要件の論文としてはカウントされない。そのため滞在すれば滞在するだけ、自身の研究は進まず卒業が難しくなる。

更に、自分の所属している大学院では、学位審査の委員会に指導教員が入っている。この制度は中々独特らしい。こちらの留学を妨げる要因となった。仮に読者がそこそこの貢献をした(指導教員も著者に入っている)論文を発表したとする。この場合でも指導教員の胸先一寸で学位取得が左右され、学位取得は安泰ではない。委員会に指導教員が入っているのだから、彼の人が持つ決定権が大きいのだ*7*8。自分もリスクを考え、留学に来る前に日本の指導教員とこの点は話した*9。しかしながら彼の人曰く、「留学先で査読付き論文が出ても、それで学位をあげるつもりは無い」そうだ。 以上の理由から、自分が長期的に滞在することは、学位取得の点ではまるで得が無い*10。よっていいとこ取り*11で3ヶ月を希望した。

2つ目は、滞在先のボスの思惑である。自分の研究領域はバイオインフォマティクスで基本的には生命科学*12なので、3ヶ月では論文出版まで漕ぎ着けることが難しい。そのためより長期の滞在が期待され、国内のボスも混じえた日程調整に時間がかかって12月~2月の滞在となった。この日程だとビザを用意する必要もなく、色々と楽である。

3つ目は、予算機関の思惑である。自分の所属しているコースの予算は今年度末が期限だった。そのため、予算が満額支給されるためには、年度内に帰国する必要があった。

何をやっているか

当たり前だが守秘義務があるので、大した事は言えない。が、相変わらずバイオインフォマティクスをやっている。しかし元々自分は(これまでのブログ記事を見れば分かるように)統計学寄りで、塩基配列そのものはあまり触ってこなかった*13。今は塩基配列を触っており、BLASTやらSAMTOOLSやらSEQ-KITなどのツールを勉強する良い機会になった。

自分は外の釜の飯を食うことも重要だと思う。特定のテーマについて追求するためには、間違いなく継続的に続けることは重要だ。その点では留学は重荷でしか無い。一方で、特定のテーマについて掘り進める方法は色々ある。自分の研究室から離れて、異なるアプローチを知るためには武者修行が良い手段である。

何を知りつつ有るか

まだ現在進行系だが、色々と勉強になることが多い。依然わからないことも多い。

労働時間

よく言われることだが、こちらの人々は遅くまで働かない。大体17時ぐらいには帰り始め、18時ともなると殆どおらず、19時には研究室が真っ暗だ*14。予想はしていたが、長く労働する傾向の有る自分には衝撃的であった。とはいいつつも総労働時間が極端に短いわけでもない。朝来る時間はそこそこ早く、9時には結構な割合が来ているし、8時に来る人もいる。残業が無いと踏まえるのが適当だ。

滞在先のボスにこのことを訊いたが、結局帰ってからも仕事をしている人が多いらしいので、パフォーマンスの確実なミラクルは存在しないらしい。彼が述べていた興味深い仕事は、メンバーの忙しさを管理しているという事だ。仕事の中にも重い軽いはあるので、それを見極めて常に過負荷にならないように調整しているらしい。マネージャーともなれば当然なのかもしれないけれども、ラボのPIが単純に仕事を降るだけではなく、調整弁までこなしているのは安心することができよう。

ただまぁ、クリスマスはしっかりと休んでいた。自分の研究のメンターは12/20ぐらいから休暇を取り始め、1/5ぐらいまで現れなかった。研究所自体も12/23から1/1まで閉鎖された。

思うに彼らはメリハリの付け方が上手い。自分だと家に仕事を持ち帰りたくないので、研究室に滞在する時間が長くなりがちだ。スイッチングを調整できていることは、パフォーマンスの源泉の1つだろう。しかし、そのマインドの習得方法は未だにわからない。

ポジション

これもよく言われることだが、サポーティングスタッフが多い。所謂Lab technicianと呼ばれる。

  • Prof: 1
  • Post Dr. researcher: 5~6
  • Technician: 5~6
  • Doctor course student: 5~6
  • Master course student: 3~4?

ぐらいだろうか。これには秘書などの研究に関わらないメンバーは含めていない。更に学部生も居ない。そのため教育のためにかかるコストは日本と比べると低いように思える。

一方で、自分のイメージとは異なり、ポスドク研究者がチームをリードすることも多い。自分はこのような仕事は助教以上のタスクかと思っていたが、よりElderなポスドクには任されて責任著者へ繋げるらしい。とはいえ、これは研究室に依るのだろう。

VIBそれ自体でも、Techに対するサポートは篤い。VIBは様々なトレーニングコースを用意しており、自由に参加することも出来る。その中にはTechのみを対象としたものが数多く存在するし、キャリアについて考えるものが専用に用意されている。日本では研究をサポートするURA*15やTechが全然居らず、教員へ仕事が回ることでの負担が取り沙汰されるが、このような基盤まで固めるのは一朝一夕では無理だろう。

コミュニケーション

研究室のベルギー人率は50%程度で、内部の公用語は専ら英語だ。なので特に困ることはない。しかし行ってみるまで知らなかったのだが、研究室メンバーの女性の割合が非常に高い。男女比は3:7ぐらいだ。

そのためなのか、お昼ごはんを一緒に食べることが半ば1つの義務みたいになっている。この点は少しびっくりした。日本は集団文化であり、欧米は個人主義とは聞いたものだが、全く逆の状態であった。むしろ1人で食事をしていると心配されることが多い。少なくとも調べた所、フランスでは(カフェなどのフランクな場は除く)外食を1人でする文化はないと出てくるし、単に欧米文化の特徴なのかもしれない。だとすれば日本人が考えている以上に、学会なんかのレセプションに出席して親交を深めることは重要な事項なのだろう*16。同室の学生の言うところによると「食事は社会活動*17なんだから一緒に食べないとダメでしょ」ということだ。

一人暮らしと猫

日本ではずっと実家ぐらしだったので、一人暮らしに悪戦苦闘している。

  • ヨーロッパのキャベツは固い。調理に困った。
  • 出汁をなくして、初めて重要さに気がついた。
  • 表示がオランダ語/フランス語なので、野菜はともかく、肉は全く分からない。

だがしかし、下宿先に猫が居り、今まで叶わなかった猫との生活が達成できた。僥倖である。

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物凄く嫌がられている気がしなくもない。

結び

こちらの滞在も半分を切った。なんとかハイパフォーマンスの方法論の欠片でも掴みたい。

履歴

2018-01-17: どうやって行ったか、の題と文が合ってなかったので追記 2018-01-30: 読み返して恥ずかしくなった部分を削除

*1:自宅から空港+往復航空券+空港から下宿先

*2:家賃+研究室までの定期券

*3:自分もそんなイメージだった

*4:特に当時のエリートはフランス語を用いたため、高級階層はフランス語がメインだったんだとか。

*5:MITはR&Dに931億円を使ったらしい。

*6:個人的な物言いだが、博士課程への警告は山ほど目にし耳に入ってくるものの、卒業要件について確認するべきとの声を聞いたことはない。この基準は大学毎、時により研究科毎にかなり異なる。機関によっては査読付き論文が必要がないところもあるし、逆に3報の筆頭著者論文(化学系など)が必要な場合もある。もし読者が博士課程に進学する際には、ゆめゆめ確認して欲しい。

*7:このような状況にあり、学位が取得できていない学生は研究科に複数実在する。

*8:逆に指導教員の決定次第で学位取得がかなり容易にもなりうる。しかし分散が大きいだけなので品質保証としてはやはり良くない

*9:なんでも指導教員も自身がこちらで取り組んでいる研究には関わっているらしく著者に入るらしい

*10:勿論研究者として生きていくことを考えるなら、別である。良い論文を出せる確率がある。

*11:中途半端ともいう

*12:bioinformaticsだと研究成果について生物学的な知見が要る。そのため大体1~2年かかるイメージだ。一方でcomputational biologyだと計算機科学の観点が強く、上手く行けばこの短期でも論文になろう。

*13:なので自分の専門はbiostatistics、あるいはtablomicsかdatabasomicsなどと述べていた

*14:同室の学生は「金曜日には16:30でも帰るには遅すぎる」という名言を残した

*15:University Research Administrator。日本でのURAの働きは、遺伝研の要覧が分かりやすい。獲得したグラントや出版論文が丁寧に纏めてあり機関の重要性がよく伝わる。

*16:現状の日本の制度では、懇親会費は個人の自腹となっている

*17:social activity